
在宅医療を発展させて日本一安心な街をつくりたい|名医図鑑#3
埼玉・狭山市にある「杏クリニック」は、住み慣れた街での療養を希望する患者さんを支える、訪問診療を中心としたクリニックです。地域の受け皿として奮闘する院長の鬼澤信之先生に、話を伺いしました。(取材日 2025年2月3日)
目次
患者の幸せを考える中、心をつかまれた出合い

医師を目指したきっかけは?
私の祖父は小児科の開業医でした。正月に家族が団らんするなか、黒電話がジリリと鳴って。祖父はすばやく白衣をまとい、自転車に革鞄を乗せて急患の往診に向かったんです。人によっては、正月もゆっくり休めない仕事と思うかもしれない。でも私の目に祖父は、とても頼もしく、かっこよく映りました。今思うと、それが原体験となっているのかもしれません。
もともと大学病院に勤務していたそうですね
腎臓内科で最先端医療に取り組んでいたんですが、腎不全の治療である人工透析は、週3回、毎回4〜5時間、針を刺して病院で過ごす。とても負担が大きい治療ですが、ご高齢や認知症の方でも透析が当たり前になっています。それが正解なのか…。“患者さんにとっての幸せとは何だろう”と考えるようになりました。
そんな折、外勤先で在宅医療に出合ったんです。“透析をしない”という選択をしている方がいて、そういう道もあるのかと。きちんと緩和治療をすれば、痛みや苦しみも抑えられる。住み慣れた場所で家族と穏やかに過ごしていることが有意義に感じられて、そういう治療を希望する方の受け皿になりたいと思ったんです。
「ここで働きたい」と全国から有志が集まる

在宅医療の現場で心掛けていることは?
患者さんの考えや人生観を大切にした治療、そして、家族の心もサポートするケアです。
ある乳がんの患者さんは、まだ50代でした。厳しい病状の中“最期に家族で温泉旅行へ行きたい”というご要望に、スタッフ一同が知恵を出し合い、計画を立てました。患者さんが輝いている姿が残せるよう、ビデオレターを撮ったり。亡くなった後、ご家族から「いい時間でした。これから自分たちもがんばって生きていきます」と言われ、少しでもお役に立てたかなと万感の思いでしたね。
外来診療も始めた理由を教えてください
家でレントゲンを撮ったり、難病にも対応できる体制を整えているため、スタッフは脳神経外科、眼科、放射技師などさまざまな専門分野の人材がいます。このスキルを地域医療に活用したいと思ったんです。また在宅から通院できるまで回復する患者さんもいて、その受け入れも必要と考えました。
スタッフはどんな方が多いのでしょうか?
メディアやSNSで積極的に発信していることもあり、全国から「杏クリニックで働きたい」という有志が集まってきます。みんなが元気に働き続けられる環境づくりも、私の大切な仕事です。在宅医療や緩和医療はやりがいがある半面、人の死に関わることで気持ちがつらくなり、燃え尽きてしまうことも多い。だから職場の雰囲気が明るくなるよう、心がけています。例えばオフィスはオレンジ色を基調に、大きな窓から陽が降り注ぐ明るい空間にしているんですよ。
先生ご自身のケアは、何かされていますか?
自分が健康でないと、患者さんの痛みや苦しみに寄り添えませんからね。私は今のサウナブーム前からの“サウナー”で週5回は入ってます。頭が空っぽになって、抱えていたものがリセットできるんですよ。
やりがいとの狭間で悩んだことも

医師として、経営者として、一番苦労するところは?
時間をかけて話を聞き、患者さんにとって最良の医療を考え、人生の伴走者となるのが私のやりがいなんです。でも組織が大きくなると、私が現場に出てばかりはいられなくなる。やりがいと、やるべきことの間で悩みました。でも、より多くの患者さんの幸せを担うため、量と質、両方を兼ね備えた医療の提供を目指そうと決め、今はみんなと力を合わせてがんばっています。
市民講座など地域活動にも力を入れている理由は?
高齢者が増え続ける中、いまの医療や介護サービスだけでは限界がある。そのすき間を埋める、自助会のような活動が必要です。そのため、地域ぐるみの動きの活性化に取り組んでいるんです。埼玉西部エリアを、日本で最も安心して住める街にするが私の目標です。

杏クリニック
埼玉県狭山市祇園25-1 第一はまビル3階
アクセス:西武新宿線「狭山市駅」東口より徒歩30秒(外来部門)
電話:04-2937-7053
診療時間:9:00~12:00、13:00~18:00
※水曜午後は13:00~17:00、18:00~20:00
金曜休
https://anz-homecare.com/
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