不安、孤立感…。感じている“生きづらさ”は、「複雑性PTSD」かも?
いつもマイナス志向で、小さなことに敏感に反応してしまう。不安で心が落ち着かず、ずっと“生きづらさ”を感じてきた。そんな症状は、生まれ育った環境が原因となる「複雑性PTSD」というトラウマ症状かもしれません。自身も当事者として悩んできた、臨床傾聴士の加納由絵(かのうよしえ)さんが、心を回復させるための方法をアドバイスします。
目次
理由の分からない心身の不調は「トラウマ症状」が原因?
人とのコミュニケーションが苦手、何をしていても孤立感や不安がつきまとう。日常生活の中でこうした“生きづらさ”を抱えている人が多くいます。理由も分からない心の重さの正体は、あなたの性格が問題なのではなく「トラウマ症状」である可能性があります。
そのひとつに、「複雑性PTSD」というトラウマ症状があります。複雑性PTSDは、うつ、慢性疲労、倦怠感、無気力といった心身の不調となって現れます。しかし、うつ病、発達障害、統合失調症、双極性障害、HSP(敏感すぎる)などと似た症状が現れることがあり、セルフチェックをするとたいていの項目に当てはまってしまうため、誤った病名で自分にラベリングをしてしまったり、病院で誤診されてしまったりする危険性もあり、とても人に理解されづらい症状です。
もしかして…と思ったら「複雑性PTSD」チェックリスト
これまでずっと「生きづらさ」を感じていた人、心のモヤモヤがいつも晴れない人など、気になると思ったらチェックしてみましょう。
以下の内容で「そう感じることがある」と思うものを選んでください。(複数回答可)
□人の輪に入るのが苦手で、不安や疎外感を感じやすい
□人から見下されている(バカにされている)気がして傷つくことがよくある
□子どもの頃、両親の夫婦げんかが多かった
□母親(父親)の機嫌が悪くならないように、いつも気をつかっていた
□自分の感情のコントロールが苦手
この中で2つ以上当てはまるなら、複雑性PTSDの可能性があるかもしれません。
「複雑性PTSD(複雑性トラウマ)」とは?
複雑性PTSD(複雑性トラウマ)というのは、トラウマの一種です。そもそもトラウマには、大きく分けて2種類あります。
(1)非日常的な経験から起こる「単回性トラウマ(単回性PTSD)」
災害、事故、事件などのように、人生の中で大きなショックなできごとから受けた心の傷のことを「単回性トラウマ」といいます。
(2)日常的な経験から起こる「複雑性トラウマ(複雑性PTSD)」
DV、虐待、いじめ、差別などのように、日常生活の中でり返され、いつ終わるのかわからない状態で受けた、継続的な経験からの心の傷のことを「複雑性トラウマ(Complex post-traumatic stress disorder、C-PTSD)」といいます。
主な原因は、親との関わりや、育った環境から、長年にわたって経験させられてきた「マルトリートメント(親から子どもへの不適切・困った関わり)」です。例えば、両親の度重なる夫婦げんかの目撃は、子どもにとっては「面前DV」。これは、虐待行為に当たります。親の機嫌が悪くならないように、子どもが自然な感情や欲求をコントロールしなければならない環境は、子どもの尊厳を踏みにじる虐待環境です。
そうした環境から気持ちを受け入れてもらえず、否定的な言葉や批判的な態度を受け取り続けることは、子どもの自発性に傷をつけますし、いつもバカにされているような否定的な認知が心の中のパターンとして根付いていってしまうのです。
養育・生育環境で「複雑性PTSD」へ
「複雑性PTSD」の原因につながる、DVのほか、虐待、いじめ、差別などの被害は、日常生活の中で繰り返し経験させられるため、被害者は「逃げられない」という思いを心の奥深くに刻み込まれてしまいます。
このため、被害者は加害者からの支配に服従させられ、自分の無力感や、人や世の中、さらには自分自身への不信感が強くなり、日常生活のさまざまなことへの関わりに不安を感じるようになってしまい、自信を失ってしまうのです。
こうした心理的な状態は、過去に受けたストレスの「トラウマ症状」ですが、世間には、この心理症状を「自己肯定感が低い」と思われ、“ダメ人間”のレッテルを貼られてしまうことがあります。そのため複雑性PTSDで苦しんでいる人が、自分で自分のことを追い込んでしまうことが多いものです。
すると、SOSを発信することが困難になってしまい、ケアやサポートを受ける機会(チャンス)を逃してしまいます。
ガマン強い日本人は「複雑性PTSD」に気づかない
日本人の中にある「人に迷惑をかけない」という意識によって、ガマンして一人で苦しさを抱え込み、「複雑性PTSD」であることに気づかない人もいます。中には、「こんな自分が人に迷惑をかけては申し訳ない」という罪悪感や後ろめたさに苦しめられ、何十年も耐え続けて生きてしまう人も。こうした状態が続くと、「抑うつ」、「慢性疲労」、「倦怠感」、「無気力」、「肩こり」、「頭痛」など、自律神経が影響した、さまざまな心身の不調に悩まされるようになります。
また、なかなか周りの人に理解してもらいづらいため、心ない言葉をかけられたりすることも。するとどんどん環境への警戒心が強くなり、人との関わりを避けるようになってしまいます。孤立して、孤独感や疎外感に苦しめられるようになっていきます。
「複雑性PTSD」の主なトラウマ症状
ここで、複雑性PTSDの主なトラウマ症状についてご紹介します。
過覚醒(敏感すぎる、感情が不安定)
小さなことでも敏感に反応してしまい、感情のコントロールがきかない状態。脳が受けたトラウマからのダメージのため、いつも心身に張り詰めた緊張状態が続きます。イライラ、不眠、肩こり、過食などが起きやすくなり、女性の場合は、PMS(月経前症候群)などとの相乗効果でより強くなる時期もあります。
回避(刺激 を避ける)
トラウマを想起させる(思い出す)刺激になることを避けるようになります。母親からのメールに返事をしたくない、夫の機嫌が悪くならないようにご機嫌をとる、嫌いなママ友に会いたくなくて遠足を欠席するなどもこれに当てはまります。
否定的な認知
現実をマイナス方向にしか受け取れなくなってしまう。「どうせ〜〜してもムダ」。「結局、私は〜〜しかない」。「私のことなんて誰も助けてくれない」。「自分にはそんな資格はない」。「あれは、自分が悪かったのだ」と自責感に悩まされるなど。
侵入(再体験)
思い出したくもないのに、トラウマの記憶がよみがえったり、似たような経験に触れてしまったりすること。トラウマ経験に関連した悪夢を見る、トラウマ経験をしたときと同じ感触や匂いがするなどの感覚刺激に触れてしまう、避けていたのにいじめにあった時のことを思い出してしまう、テレビのニュースなどで被害経験と似た報道が一方的に流れてくるなど。
このような苦痛の刺激の不意打ちにあうと、過呼吸の発作が起きたり、フラッシュバックと呼ばれる心身のコントロールがきかない状態が現れたりすることもあります。いつ、また同じことが起きるだろうかと不安になる、ビクビクして過ごすようになる、警戒心が強くなる、人や環境、自分自身に対しての不信感が強くなる、外出が困難になってしまうなどといったことがあります。
これらの影響は、大人の引きこもりにも関連していることがあります。こうした不安や恐怖感から身を守るために、攻撃的になってしまったり、逃げてしまったり、頭が真っ白な状態(フリーズ)してしまうなどの状態が現れます。
極端な場合は、「自分の身に起きていることではないと思いたい」という意識から、これは現実ではないという離人感や心(脳)の中に代役を作り出す「解離性障害」が起きることもあります。
大切なのは自分を責めないこと
複雑性PTSDは、常に人から自分がどのように受け取られているかが不安になり、不安にさらされることに疲れて、人の輪に入ることが苦手になったり、人との関わりを避けるようになったりします。また、トラウマ刺激によって、脳が過覚醒状態になっているため、心が落ち着かず、イライラしたり、気持ちが落ちてしまったり、ネガティブなことばかりを考えてしまうようになります。
これまでたくさんのシーンで「生きづらさ」を感じていた人は、複雑性PTSDが生まれるような環境からの被害経験が原因です。あなたは、被害者だったのです。そして、それを知らずにたった一人で必死に生き抜いてきたサバイバーだったのです。
殴る、蹴る、ネグレクトなどの暴力だけが虐待ではありません。今までは「被害妄想」だと、自分を戒めていたかもしれません。複雑性PTSDが気になる人は、今一度、ご自身の生育環境や生育歴について確認してみると良いかもしれません。
一日一回、ありのままの想いを声に出すと心が楽に
こうしたトラウマ症状からの回復の第一歩は、正しい知識や情報を知ることから始まります。これまでのサバイバーとしての人生に、まずはあなたから、「お疲れさま。今日までありがとう。本当に頑張ってきたね。苦しかったよね」と、ねぎらいの言葉をかけてあげてください。
実は私も同じようにサバイバーでした。トラウマによる複雑性PTSDは、時間をかけて丁寧に向き合ってあげれば必ず回復します。焦らず、あきらめないこと。
そして、一日一度でいいので、心が感じたままの気持ちを声に出してみる練習をしてみてください。「ああ、疲れたな」でも、「本当は、食べたかったな」でも、なんでもOKです。声に出すことで「そう思ってもいいんだね」と思うことができるようになります。ぜひ試してみてくださいね。