母娘の関係がつらい…。「生きづらさ」の原因、「毒親」から解放されるには?
トラウマ症状のひとつ、「複雑性PTSD」をテーマに、臨床傾聴士の加納由絵さんが、心を回復させるためのアドバイスする連載。今回のテーマは、「毒親から解放される方法」です。
目次
“生きづらさ”の元凶は、「毒親」かも?
少し前に、「毒親」や「毒母」という単語が流行った時期がありました。「毒親」というのは、文字通り「子どもにとって毒になる親」という意味です。「自分の生きづらさの正体は親だった」「自分の苦しみを作ったのは親だった」ということを表した単語です。
子ども時代から続く“生きづらさ”に苦しんでいる人は、最も身近に存在した親を「加害者」として考えてしまう人が多いのです。「毒親」「毒母」というレッテルを貼られた親たちは、子どもに対する虐待加害者として、社会からも子どもからもバッシングの対象に。
そしてその子どもたちは、親になったとき、「自分も母親と同じことをしていないか?」と“負の連鎖”と呼ばれる、新たな悩みや苦しみを持つようになってしまったのです。ただでさえ不安な子育てに、より自責感や劣等感を抱く女性が増えるようになりました。そんな長年続く「毒親」の苦しみから解放されるためには、どうしたら良いのでしょうか?
親がなぜ「毒親」になったのか
親が「毒親」になってしまった理由は、本人だけの問題ではありません。少し難しい話になりますが、実はもうひとつ前の世代にも原因があったのです。それは、日本の帰還兵が経験した「戦争トラウマ」です。
1970年代、アメリカでベトナム戦争から帰国した帰還兵に、原因不明の心身の不調や障害など、日常生活に不具合の出る症例が頻発し、戦場で負う心的ストレスによる影響について研究が行われました。これにより、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」という心身への影響が明らかになりました。これが「トラウマ」や「PTSD」と呼ばれている心的外傷、心の傷です。
日本も敗戦後、同様の「戦争トラウマ」が数多く確認されましたが、これは隠ぺいされました。医療現場で、「日本人は、そんな腰抜けはいない」「そんな脆弱な精神の持ち主は日本兵にはいなかった!」と、記録やカルテの焼却・処分が強制されたのです。
そんな深い心の傷を抱えて帰還した夫たちは、酒に依存してしまうアルコール依存やギャンブル依存、妻への暴力、ドメスティック・バイオレンス(DV)などを繰り返しました。妻たちは、「お国のために大変な思いをして帰ってきた夫」のため、殴られても蹴られても甲斐甲斐しく尽くしました。日本の嫁は、夫のため、家のため、子どものために尽くし、忍耐するのが美学という考えが根強く、傍若無人に振る舞う夫の行為は、家父長制(かふちょうせい)の影響などから“男らしさ”として受け入れられてしまうこともありました。
そんなDV被害にあっている母親と、戦争トラウマに苦しむ父親に育てられたのが、現在の団塊の世代です。DV被害にあっている妻は、いつも夫からの被害におびえ、情緒不安定でイライラしやすく、安定した子どもとの情緒的な関わりが持てませんでした。
そんな彼らが抱え続けた心の傷が、親になったときに「毒親」として現れたのです。しかも日本は、嫁姑などの「家文化」も影響してくるため、女性にとっての家庭は、試練の環境でした。
このように「母親の情緒が不安定になるような環境」は、子どもにとって「虐待環境」になります。母親がつらすぎて、子どもに情緒的な関わりを十分に持つことが困難な環境。こうして「毒親」が生まれ、その子どもたちが、現在、子育てで苦しんでいる世代なのです。
親の都合による支配が、憎しみに変わる
こうした苦しみが生まれた背景には、日本人特有の考え方があります。日本人には、“家の恥”という感覚があり、家族の問題は家族だけで解決しようとしますよね。家の外にSOSを発信することができなかったり、世間体が気になったりします。そして、そんなことで悩んでいるのは自分くらいだ……と自分を情けないと責めてしまう「複雑性PTSD」の心のパターンに陥り、誰にも「助けて!」と言えないのです。
その結果、苦しんでいる親により、子どもにとっては虐待と同等の心の環境(=マルトリートメント)が作られてしまいます。この環境で育った子どもは、親の都合で自分が支配されてきたことに気づくと、だんだん親を恨むようになっていきます。これが「毒親」という言葉につながっていく大きな要因といえます。
家庭内の問題が、「生きづらさ」へ
自分の親のもっと前の世代から始まっていたトラウマ。そもそも日本で、「トラウマ」や「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」という言葉が知られるようになったのは、1995年の阪神淡路大震災や、地下鉄サリン事件などがあった頃。
事件や災害など大きなショックを受けることにより、体の傷以外に、心にも傷が残ることが知られるようになりました。現在では、「過去の強いショックなできごとで思い出したくない触れられたくない経験のこと」を、「トラウマ」という言葉で日常会話でも使われています。「私、それトラウマなんだよね〜」という感じですね。
しかし「トラウマ」の本当の意味は、「つらい経験の記憶」のことではなく、「脳(生存本能)が脅威を受けた経験」の影響で生まれた“心の傷”のことをいいます。それは、幼い子どもの場合、「自分は守られている」という無条件の安心感を得られない状態のこと。すなわち「虐待環境」です。
どんなに泣いてもかまってもらえない、気づいてもらえないなどの環境は「ネグレクト」という虐待です。自分の存在を無視されている、放置されてしまうという強烈な不安や環境への不信感につながります。
母親(父親)が、イライラしている、情緒的に不安定、子どもへ罵声を浴びせる、親の意見を押し付けるなど、心への支配的な暴力は「心理的虐待」です。両親が子どもの前でケンカをしている環境は、暴力現場にさらされている状態で「面前DV」という虐待です。性的な接触や突然の抱きつき、言葉や会話での性的な接触などは「性虐待」になります。
これらは幼い子どもにとって、「この環境で無事でいられるのだろうか?」「生き延びることができるのだろうか?」という恐怖経験になります。自分だけの力で生きることができない子ども時代に、こうした経験が日常的に繰り返されると、自分が生きている環境そのものに生存本能の中で不安や恐怖を学習してしまいます。
その結果、人が苦手、空気を読んでしまう、いい子ぶりっ子をする、人の顔色をうかがってしまう、人の気持ちの動きに過敏すぎるなどといった数々の「生きづらさ」が生まれてしまうのです。これはすべて「複雑性PTSD(複雑性トラウマ)」の症状に当てはまります。
親がケアを受けていない環境は、子どもへの虐待環境
子どもを不安に陥れてきた「毒親」からのトラウマ。「あんなに親が嫌だったのに気づいたら自分も子どもに対して、親とまったく同じことをしてしまっている……」。カウンセリングをしていても、そう感じて自分を責めたり、自信をなくしたりしている人は多いと感じます。親と同じように心のケアを受けず、周りの理解がないまま子育てをしている日常がありませんか?
専業主婦という立場やワンオペ育児を周りが理解してくれない、ひとりの女性として人生に罪悪感や劣等感がある。そんな揺れる気持ちが、子どもに対して悪影響を及ぼすのではないかという、“毒親の自覚”。「こんな自分ではいけない!」と母親失格の烙印を押して自分で自分を追い詰めてしまう。こうした逃げられない苦しさの中でグルグルしていませんか? “生きづらさ”を感じてきた人で、子育てでつらくならないためには、「どれだけ上手にヘタレな自分を出せるか」が大切です。
子育ての孤独さは、支配環境の再現に
子育てがつらいときに相談できない理由のひとつに「きちんとしていないと人からバカにされる」「子どもに申し訳ない」という不安があります。みなさん完璧主義なんですね。
子育ては、マニュアル通りになんて行きません。毎日、トラブルとイレギュラーの連続です。期待を裏切られたりガッカリさせられたりの繰り返し。子どもの頃から、大人たちの都合でガマンをさせられ、気持ちを押し殺して生きてきた「複雑性PTSD」のサバイバーにとって、子育ての孤独さは「子ども時代の支配環境の再現」になってしまいます。
そのためトラウマが刺激されて気持ちが不安定になりやすいのは、とても自然な心の状態なのです。「自分がしっかりしていないから」では、まったくありません。反対に子どもの頃から、ずっとしっかりし過ぎていたからこそ、きちんとできない自分が許せなくなってしまっているのです。あなたは、真面目でしっかり屋さんな子どもだったのです。
日常から離れた人に相談すると楽に
女性は周りに、「子どもを産んだ瞬間から母親になれる」と思われがちですが、それは大間違い。すべては生まれて初めての体験の連続なのです。不安になって当たり前、上手にできなくて当たり前、知らなくて当たり前。ところが女性は、子どもを産んですぐに「母性」を期待されます。完ぺきな育児を期待される不安に、誰もが押しつぶされてしまうのですね。
ずっと“生きづらさ”を感じて、子育てでつらい思いをしているなら、支援してくれる専門家に相談してみることをおすすめします。押し込めていた気持ちを話して、自分の思いを誰かに知ってもらうこと。そこから、初めてみてください。
子育てに不安を抱えた女性を応援したい人たちがいます。そんな場所に行って、これまで受けて来られなかった「ケア」を受けてみましょう。家族や身近な人よりも、自分の日常生活から遠い人の方が気楽に話せることもあります。
“完璧”を手放して「毒親」から解放されるとき
「複雑性PTSD」のサバイバーは、幼少期のトラウマから「叱られる!」という思い込みが強くなります。「こんなことを言ったらバカにされるのではないか?」「自分はどう思われるだろう?」「子どもにそんな関わり方をしていたの?」「ダメじゃない!と責められるのではないか?」など、不安でなかなか相談できないことも多いでしょう。それはずっと、「毒親」から叱られる、罵られる経験ばかりを繰り返してきたからかもしれません。つらい環境が、子どもの頃からずっと続いていたのですね。
「ケア」というのは、誰かに支えてもらうことだけではありません。自分で自分を大切に思い、ねぎらい、愛しむことが、実は一番大切なのです。とても素敵なことですよね。「自分へのご褒美」になるエステやネイルもいいですが、肩の力を抜いて「ヘタレな自分を安心して出せる場所」にあなた自身を連れて行ってあげてください。
無料の電話相談も、どんどん活用してみましょう。各市区町村の相談窓口や、NPOなどの女性支援団体が多数行なっています。「無料」「電話相談」「男女共同参画」「女性相談」「DV」「子育て」「虐待」などのキーワードで、スマホかパソコンで検索してみてください。また、厚生労働省の「こころの耳」というサイトは、信頼できるこころのケア情報が詰まっています。「どこに相談したらいいかわからない」「どこから手をつけたらいいかわからない」という方は、一度のぞいてみるのもおすすめです。
子どもは、育児上手できちんとしているママよりも、いつも柔らかく笑顔で返事をしてくれるママを求めています。それが、あなたが欲しかった、心から求めていたお母さんの姿ではありませんか?
苦しい気持ちを溜め込まずに、完璧を手放し、自分をケアしてあげることを心がけてみてくださいね。自分のケアを続けると、いつの間にかあたたかく微笑むことができるようになり、そんな自分にビックリすると思います。今こそ、“生きづらさ”の元凶となっていた「毒親」のトラウマから解放されるとき。ぜひ試してみてくださいね。
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